これが我が車遊びの原点

物事に興味を抱き、自分の感性に大きく影響を与えるもののひとつに、本がある。だが自分は自慢ではないが、いわゆる小説とか文学書のたぐいは一切読んだことがない。ホント自慢にならない話だが。。
そんな自分にとって、その後の人生に大きく影響を受けた本=雑誌がある。それがカーグラフィック(Car Graphic)誌だった。


このCar Graphic誌は、1969年からず〜っと愛読してきた。(歳がバレる?)  いや、かなり若年の頃 ( 確か中学生頃? ) から大人びた趣向というか、ホンモノを求めて背伸びをしていたのかも知れない。その頃の趣味に鉄道模型があり、そのために『鉄道模型趣味』という雑誌を購読し、果ては洋書の模型雑誌をも買いあさっていた記憶がある。
とにかく、子供扱いされた雑誌には興味がなかった。判ろうと判らずまいと、手抜きのない内容であることが選択の条件だった。
そして車に興味を持った時に選んだのが、CarGraphic誌だった。当時も『ドライバー』誌や『モーターファン』誌などもあったと思うが、一番マジメな (? 表現しきれず) 雑誌だったと思う。紙の質も良かったし、なによりも紙面に、ほどよくレイアウトされた写真の扱いが、雰囲気をも醸し出していて、子供心にも、その世界を創造的に膨らませていた。

そして、その記事・文章の表現にもオトナを感じさせられ、当時ようやく車が一般的な所有物になりつつある時代に、はるか先輩である欧米社会の車文化を垣間みせられる事で、浮ついた車への期待値を修正されていたのかもしれない。言葉にうまく表現できないが、このCar Graphic誌の (車の) 世界観なるものが、自分の車に対する想い、思想、哲学に近いところまで形成させていったのは、間違い無い。

今日、あらためてこのCar Graphic誌の所蔵数を正確に調べてみた。


こんな状態の2段重ねで廊下の床に置いてある。その長さ3.1m、全部を積み上げると6.75mの高さになる計算だ。総冊数は435冊ほど。そして購入停止の最終号は2000年12月の477号だ。何故やめたか? 正直なところ、その置き場がもうこれ以上無い、との理由が一番大きかった。それとInternetでの情報収集にコンテンツも充実してきた背景もある。自分にとってこのCar Graphic誌は十二分に車の情報を習得できた上に、確固たる『精神』も築かれたから、もう購入せずとも良い、とも思った。

そしてCar Graphic誌の発行元である二玄社から、創刊号からのCD-ROM版が発売されたことで、今度はそちらの収集に移行した。

この1枚のCD-ROMに1年分の内容がPDF形式で入っている。価格が1万円と少々高く、まだ2枚しか入手していない。その内1枚は期間限定の半額ディスカウントで手に入れた。。これも廃刊となる前に揃えていき、現所有の原本がある時期の号になったところで、原本を処分していく予定だ。

また、もう一つの収集物として、二玄社発行のレコードがある。ビンテージ・クラスとも言える古い時代の車の『エンジン音、排気音』を収録した物だ。エンジン音以外にも、当時の車のエンジンを始動させる手順 (儀式?) も音として表現されており、貴重なデータとも言える。




このレコード誌を合計7冊、所有している。すでにレコード盤を再生するオーディオも、ろくに作動しないので、今 聴こうとすると大変苦労する。。 ひょっとして、これはお宝か〜??

それはさておき、以上の他にも単行本的な小冊子も発行されていて、それも相当数 所有している。それを今回取り出そうとしたのだが、どこに しまい込んでしまったのか? 見つけることは出来なかった。たぶん無くしてはいないはずだ。。

このように若き時代から身の回りに存在していて、影響を受けたものは、そう簡単に葬り去ることはできない。根付いた精神は崩れることは無いにしても、その現物が目に見える範囲にある、という状況だけでも、想い出と 形成されてきた過程が『形』になっている。二度とそれを読み直すことも無いかもしれないのに、置いてあり捨てられないのは、きっとその『形』が無くなると、全てが消え去ってしまう恐怖感があるのかもしれない。
いやいや人間って、まだまだ現物という価値観に縛られている。。

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